2008年12月30日(火) 
 
妹と、「長崎は今日も雨だった」で有名な「内山田洋とクール・ファイブ」について議論になった。なぜなら、内山田洋とクール・ファイブのメインボーカルは内山田洋ではなく、前川清であることに気がついたからである。だったら「前川清とクール・ファイブ」であるべきではないか。

調べて見れば、内山田洋とクール・ファイブのメンバーは内山田洋、前川清、宮本悦朗、小林正樹、岩城茂美、森本繁の6人。ということは当然、内山田洋はクール・ファイブのメンバーではないということだ。だから図式としては、「前川清を含む5人がクール・ファイブで、内山田洋はあくまで一人の男。で、メインボーカルは前川清」という事態だ。内山田洋、何者だ。映画「オーシャンズ11」の元となった「オーシャンと十一人の仲間」並のややこしさだ。だってオーシャン含めて11人しかいないのに、どういうことよ。ていうか喩えがなんか微妙にずれてる。わかってる。

しかしよく考えてみればメインボーカルが特別扱いされるべきというのは思いこみに過ぎない。内山田洋が何者かは知らないが、べつに彼がボーカルじゃなくてギターだからって名前を一人だけ出しちゃいけないってことはない。パットメセニーグループだってそうだし。ヴァン・ヘイレンだってそうだ。

メインボーカルが特別扱いされるべきっていう考え方は、もしかしたらヒューイ・ルイス&ザ・ニュースのせいかも。あるいは杉山清貴&オメガトライブおよびカルロス・トシキ&オメガトライブ。

ていうか、なんでこんなことに熱くなってるのかぼくら兄妹は。

(総裁談)
 
 

2008年12月22日(月) 
 
一万円札のことを「諭吉」と呼ぶ人がいるが、あれ、なんかちょっと下品な感じがする。

お札に顔が描かれるなんて名誉この上ないことのはずだがこのていたらく。福沢氏はこんなことのために学問をすすめたわけではないと思う(*)

あと同じように支払金額のお札の枚数を伝える際に「じゃあ、これで」とか言いつつ指2本立てる、とかも下品。婉曲にしたはずが、下品。ふしぎ。

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*と思ったら、wikipediaの「学問のすゝめ」の項によれば『比喩的な表現が多く、特にユーモラスな比喩が多い。「力士に腕を折られる」や「商家の跡取り息子が身代を潰す」等』とあるので、彼自身がお札を諭吉呼ばわりしそうな人物だったかも。がっかり。
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(総裁談)
 
 

2008年12月17日(水) 
 
ソニーのテレビのテレビCMを見たら、矢沢永吉氏が二人出ていた。

合成ってやつだ。いまもときおり見かけるこの一粒で二度おいしい映像表現、なんかアナクロな気がするがどうなんだろう。

合成自体が珍しかった時代ならいざしらず、同じことがパソコンでできるこのご時世、なんか逆にこっぱずかしくないか。

「一粒で二度おいしい」と書いたが、タレントを通常の二倍見ることができるのがうれしいことなのかどうかも、もはや分からない。しかも永ちゃんだ。

タレントさんは「合成で二人になっちゃう仕事はNG」としてもよいぐらいだと思う。

あと、三倉茉奈さんと三倉佳奈さん(いわゆるマナカナ)だけにはこの手の仕事はこないんじゃないかと思う。

(総裁談)
 
 

2008年12月13日(土) 
 
DPZに「はんこ屋のテンションが高い」という記事を書いたよ。高いよねえ、はんこ屋のテンション。なにあれ。

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地方の名物には「将軍家献上の品」と謳ったものが多い。それこそたくさんありすぎて、将軍どれだけ食いしん坊か、ってぐらいだ。

将軍がいなくなってからも「皇室御用達」というものをよく見かける。それこそたくさんありすぎて、天皇どれだけ食いしん坊か、ってぐらいだ。

モンドセレクションと同じ臭いを感じる。御用達。

(総裁談)
 
 

2008年12月12日(金) 
 
小学校では「帰りの会」というのがあった。全ての授業が終わったあとのセレモニーだ。おそらく全国的な催しだと思う。

よくネタになることだが、この「帰りの会」はしばしば非常に出来の悪い裁判所になる。やおら原告側女子が、掃除の時間にあそんでいた被告男子をつるし上げるのだ。量刑は「みんなの前で謝ってください」等だ。裁判というか、魔女狩りみたいになることもよくあったように思う。

今思うに、これは「帰りの会」ではなく「朝の会」でやるべきだったのではないか。なぜかというと、放課後というエンドレスな時間が原告被告双方の応酬を長期化させるからだ。すみやかに決着を付けるためのインセンティブがどこにも働いていない。思うに、この教育が後々の、オフィスにおけるエンドレスな会議癖の元となっているのではないか。

ていうか、先生はよくあんなこと野放しにしてたよね。はやく帰りたかっただろうに。

「朝の会」であれば1時間目までに終えなければならない。「限られた時間内で折り合いを付ける」という作法を身につけることができてよいのではないかと思う。あと、事件が起こった当日でなく、一晩置いた後なので告発側が冷静になっているというメリットもあると思う。

ただ、短時間で自分の思い通りの結果に持っていけるよう、異常に根回し上手の小学生が育つ可能性はある。



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さて、ビッグニュースがある。実は今「工場萌え」の第2弾を作っているのだ。「工場萌え2」だ。もちろん前回と同様石井さんとの共著。

今日は載せるべき工場写真の選定を行ってきたよ。今回は前回とはひと味ちがう工場を見ることができるはず。楽しみにしててください。
関連して目下工場の構造物について勉強中。専門家の方々に教えてもらってるんだけど、すげー面白いんだよこれが。自分の中の工学部の血を再発見したね。重油流動接触分解装置とかさ。
2月には出せるはず。刮目して待て!

2008年12月10日(水) 
 
コンビニで「レジ袋はいりません」と言うことができるように、駅の発券機で「音声案内いりません」と意思表示できるようにするべきだ。うるさいよ、もう。

レジ袋と異なり、音声を出しても環境に負荷を与えないのが問題だ。いや、全国の駅であの音止めたら1年で何リットルかのCO2削減になるんじゃないか?よくわからんけど。

(総裁談)
 
 

2008年12月08日(月) 
 
今日妹と話題になったのは「赤ずきんちゃん」における「のどの渇き」についてだ。

みなさんご存じのように、オオカミは寝ている間にお腹に石を詰められる。で、目を覚ますとのどが渇いた、と言って水を飲みに行くのだ。

「のどを経由せずに直接お腹にもの入れられたのに『のどが渇く』っていうのがおかしいと、子どもの頃思っていた」とは妹の談。もちろんのどの渇きのメカニズムはのどを食べ物が通過したかどうかに関わるものではないと、彼女もいまはもう知っている。が、気持ちは分かる。

ぼくはというと同じようにこの「のどの渇き問題」には違和感を感じていたが、のどの経由の有無よりは、入れられたのが石だという点に疑問を感じていた。これが例えば砂だったらのど渇く描写に説得力があるのになあ、と思っていた。なんとなく。気持ち分からない?

でも、今日妹と出した結論は、のど経由とか石か砂かとかそういうことは関係なく、ただ単に寝てたからのどが渇いたってだけなんだろう、というものだ。

朝起きるとのどが渇いている。これは歳とらないと分からない生理現象だ。要するに、オオカミは30歳越えてたんだろう、ということだ。そしてぼくらもおっさん・おばさんになったなあ、ということ。

(総裁談)
 
 

2008年12月06日(土) 
 
「ラーメンは日本食だ」といわれる。その通りだと思う。仕事で何回も北京と上海に行ったけど、むこうで「ラーメン」つったら日本のラーメンのことだ。

ラーメンが生まれたのはそんな昔のことじゃないはずだけど、この定着ぶりはどうだ。札幌から鹿児島までまるで大昔からそこの土地で伝統が受け継がれたかのような顔している。

札幌でトンコツ食べるとなんか居心地が悪い、ってなぐらいまでになっている。こういう料理って新参者ではほかにないんじゃないか。たとえば同じように「すでに日本食」とささやかれるカレーライスだが、これに関してここまで地域密着型のアレンジがなされているのは聞いたことがない。たとえば「家系カレー」とかないし(*1)やっぱりラーメンは特殊だ。

完全に日本食化したかどうかは「道」が付くかどうかだと思う。「ラーメン道」。ほら、しっくりくる。でも「カレー道」ってしっくりこないだろう(*2)。たぶん「うちじゃケータイ切ってもらわないと」とかいう頑固オヤジがいたり、なぜか作務衣着てたりっていうものだと思う。ラーメン道って。

そしてさらにその先があることをぼくは知っている。だってほら、考えてみてほしい。歴史と伝統ではラーメンなど足元にも及ばないはずの蕎麦とうどんに「道」が似合わないのだ。これはどういうことか。

「道」は成熟しきると「道楽」になるのだ。「蕎麦道楽」ほら。安中榛名あたりでリタイアした悠々自適初老夫婦が打ってそうでしょ、蕎麦を。

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*1
強いて言えばそれはたぶん超甘口のカレーのことだ。

*2
強いて言えばたぶんそれは物理的な道のことだ。ハウス食品の工場に続く道を地元の人がそう呼ぶ、とか。

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(総裁談)
 
 

2008年12月03日(水) 
 
子どもの頃、肉体と同様、精神も勝手に歳をとってくれるものと思っていたが、そんなことはなかった。あんまり子どものころと変わってないぞ、精神のほう。まずい。

いや、よく考えたら精神の発露たる発言面は着実にはおっさんくさくはなっている。

精神面における加齢臭、それがオヤジギャクなのかもしれない。

(総裁談)
 
 

2008年12月01日(月) 
 
宝くじを買うことの愚かさを笑う表現として「交通事故に遭う確率のほうが高い」などと言ったりするが、今後は「最高裁から裁判員になれって通知が来る確率のほうが高い」とか言ったりするようになるんだと思う。

(総裁談)
 
 

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