「いやー、遠くまで歩いて来た甲斐があったね」
「疲れた。コーヒー飲みたい」
「ここまで無節操なオデキははじめてだね」
「そもそもオデキに節操があるわけないだろ」
「しかしエレベータータワーも異様に大きいな」
「でも、良いバランスしてるよ」
「なんなんだろうね、団地についているあのオデキは」
「予備のトイレットペーパーとか入ってるんじゃないの?」
「きみ、京都駅ビルの変なオブジェ見たときも言ってたね」
「あれにはほんとに替えのトイレットペーパーがぎっしり」
「そんなわけないじゃん」
「中入ってみようか。オデキの内側はどうなっているか」
「…この階あたりだったよね」
「そうだね」
「内側はなんの変哲もないけど」
「たいてい、団地のオデキってこうだよね」
「ああ、なるほど、とか思ったこと無いよね」
「デザインなのかなあ」
「うーん、デザイン」
「意味読みとり過ぎなのはぼくらなのかもね」
「べつに団地が意味無くコジャレててもいいよな。べつに」
「全体のバランスの良さもなかなかのものだし」
「色も基本をふまえつつ独自の世界を切り開いている」
「あとはコーヒー屋さえあればなあ」
「きみ、そればっか」
「でもおいしいやつじゃないと飲んでやらない」

「ペントハウス付きだよ」
「うん。初めて見た。団地のペントハウスって」
「高級なんだかなんなんだかよく分からないシロモノだな」
「まあ、そう言うなって」
「すげえ美味いタコ焼き、みたいなもんだな」
「なんだそれ」
「いや、さ、よくタコ焼きにこだわる人っているじゃない」
「いるね」
「どこそこの屋台のタコ焼きこそが本物や、とかなんとか」
「また、その微妙に関西弁な語尾はやめなさい」
「でも所詮タコ焼きでしょ?どんなに美味いつったって」
「まあまあ。いいじゃん。こだわりは人それぞれだからさ」
「いやいや。ことは重大だよ」
「どうやったら重大になるんだよ」
「そのこだわりエネルギーを使って発電とかした方がいい」
「どんな発電だよ。それ」
「ま、タコ焼きへのこだわりで発電したところでなあ」
「また辛口トークが始まるのか」
「それが本当にクリーンエネルギーかどうか疑問だけどね」
「団地マニアにそんなこと言われたかない」

「きれいな色をして いるね」
「かたちにも、こう、気品があるよ」
「セットバックの切り返しの位置も申し分ないね」
「上から3階分だけオデキがあるのも典型でよろしい」
「全体的に女性的な雰囲気だね」
「そうかなー、女性的かなー」
「ドイツ語で団地は女性名詞だっていうのも納得だね」
「え?そうなの!」
「そうだよ、知らなかった?」
「なんていうの?団地って、ドイツ語で」
「えー、たしかダンチェン、とかそんな感じ」
「…またてきとうなこと言ってるね」
「いや、違ったかな?ダンチッヒだったかな」
「どんどんてきとうになるね。『ッヒ』てあんた」
「ああ!そうだ、確かダンケだよ、ダンケ」
「それは『ありがとう』だよ。嘘は良くないな、嘘は」
「それは良い団地を見たときの感謝の気持ちが語源だとか」
「うまくまとめたつもりでしょ、それ」


「なかなか良い団地だね」
「うん。典型的だ」
「惜しむらくは」
「通路の腰壁が波打っていることだね」
豊洲に もあったね。この腰壁」
「うん。なんでこんなふうにしちゃったんだろう」
「コジャレちゃったんだよ」
「普通で良いのに」
「普通のあなたが一番ステキ」
「なんだよそれ」
「岡本真夜」
「またか。やめなさいって」
「団地設計者が団地マニアじゃないっていうのは問題だよ」
「いや、別に問題じゃないと思うけど」
「団地マニアならこんなことしないって」
「いいじゃん。これが好きな人もいるかもよ」
「そうか、色々な価値観あっての団地マニア界ってことか」
「なんだよ、団地マニア界って」
「度量が狭かった。すまん」
「何あやまってんだ」
「でも岡本真夜に関してはあやまらないぞ」
「なんだよそれ」
「俺にだって譲れないものがある」
「やめなさい」


「エレベータータ ワーの青が生きているね」
「生きてる、ってなんだ?」
「まあ、いいじゃん」
「ええ、いいですけど」
「同じ形で色違いが3つ並んでいるのがうれしい」
「ほかの2つも、いずれ皆さんにも見ていただこう」
「ただ、残りの2つは障害物があって写真に撮りづらい」
「ああ、あの市民プールがじゃまだね」
「公共施設にカメラ持って入るのは大変なんだよね」
「そういう場合、いつもは侵入して撮ってるけど」
「たまには正攻法でいきたいね。許可もらってさ」
「名刺とか作ってね」
「菓子折持ってね」
「それ、正攻法じゃない」
「で、お菓子だと思ったら小判なの」
「なんだよそれ。ぜんぜん邪道じゃん」
「『おぬしもワルよのう』って言われたい」
「時代劇の見過ぎ」
「ま、でも名刺は作りたいね」
「肩書きは何にするの?」
「団地コレクター、はどう かな」
「なんでコレクターなの」
「いや、素人っぽさが、公務員の警戒心を薄れさせるかと」
「なんか、後ろめたいね」
「そのやましさから解放されるとき、そのときがすなわち」
「すなわち?」
「団地マニアが市民権を得るときなのだよ」
「市民権より普通にプールの入場券買った方が早そうだな」


「これにもオデキがあるね」
「ほんとだ。左右、上から2階分だけ」
「ブリッジとエレベータータワーの位置の関係がステキ」
「タワーのオレンジ色もキュートだよ」
「デカイし」
「うん、すごく大きい」
「最上階のブリッジ部、渡ると怖いよ」
「プロポーションも端正だ」
「言うことなしだね」
「うん、惜しむらくは…」
「手前の障害物だね」
「うん」
「あと、ここまで来るのが大変」
「コーヒー飲みたい」
「コンビニで買ってきたので我慢しなさい」
「これだけの団地じゃなければ、苦労して来ないぞ。普通」


「浦安の団地はバ リエーションが豊富だね」
「海側にあるものは『団地』というよりは」
「『マンション』という感じのものが多いけれど」
「北側には逸材がそろっているよ」
「特にこの美浜東エステートは白眉だよ」
「ステップ式のものは一般にテクスチャが複雑になるけど」
「しかしこの団地の場合その複雑さが嫌みになっていない」
「そう。言うなれば、洗練された野暮ったさを保っている」
「よく分からない表現だな。それほめ言葉なのか」
「その理由は、まずなんといっても色使いの巧みさにある」
「基本を踏まえつつ独自の境地を切り開いている」
「あとは、全体に対するエレベータータワーの大きさと」
「階段室の配置間隔および屋上の庇のバランスだね」
「華奢な感じと大胆なイメージとが同居している」
「いや、ほんとにいい形をしているよ」
「高島平、光が丘に加え浦安を東京の名門団地に指定だ」
「『名門団地』ってなんだ。しかも浦安は東京じゃないよ」
「TDLが同じ浦安にありながら東京を名乗っている限り」
「TDLって略すのはやめろ」
「同じテーマパークとしてこの点を譲るつもりはないね」
「だからテーマパークじゃないってば。団地は」

「西葛西の駅前広場を通 り抜けるとそこは団地だった」
「川端康成が西葛西を訪れていたらそう書き始めるね」
「そう、しんみりと団地の姿が描写されいてく」
「純団地文学っていうのも悪くないね」
「『純』って久しく聞いてないな」
「その小説をテーマに団地内でスタンプラリーも開催する」
「町おこしかよ」
「湯沢町では「雪国」の文学散歩と題してやってるそうだ」
「スタンプラリーって裏目に出やすいイベントを選んだね」
「大丈夫。参加者には賞品があるらしいから」
「賞品はなんだい?」
「スタンプ6個を集めるとコシヒカリ2合」
「ふーん」
「Wチャンスとして、抽選で魚沼コシヒカリ10キロ。」
「Wチャンスで嫌がらせに転じるところはいいね。」
「それに比べ、西葛西はすごいよ」
「スタンプも賞品もないのに、こんなに歩かせる」
「だいぶ歩いたけれどこの先まだ団地が続いている」
「でも、Wチャンスは西葛西にもほしいな」
「相変わらず言葉の響きによわいね、君は」
「西葛西清新北ハイツ〈平〉の隣接するのがこの〈角〉だ」
「〈角〉ってウィスキーみたいだね」
「独特のカットがいつの時代も変わらぬ品質を物語り」
「ほう」
「団地ファンの信頼を獲得してきました」
「それっぽいコピーだね。確かに独特だね」
「スキップ形式のアクセスをへの字型団地に採用している」
「ル・コルビジェの影響を受けているんだろうね」
「団地の記録方法を拡大した彼の功績は大きいよ」
「記録法?」
「そう、記録方法。写真にとる、移築する、拓をとる。」
「功績は『拓をとるのに適した団地の外観形成』なんだ」
「とってみたいなー。団地の拓。墨を全面に塗ってさ」
「クリストに言いたい?布を被せるだけじゃダメだって」
「そう、拓をとんなきゃね。」
「ひさびさに良いポジションからとれたね」
「写真としてはきれいだね」
「お?なんか、歯切れが悪いな」
「うーん、ベランダ側っていうのがちょっと…」
「しょうがないじゃん。中廊下タイプなんだから」
「でも、バランスが良い団地だね」
「ジョイント部分の位置が泣かせるじゃない」
「黄金分割ってやつだな」
「いや、違うと思うよ」
「縦方向へのストライプというのも珍しい」
「エレベータータワーの位置もうまいね」
「ははあ、そこが黄金分割だったか」
「違うって」
「じゃあ、いったいどこが黄金分割なんだよ」
「なんでどこかが黄金分割じゃなきゃならないんだよ」
「京葉線の新浦安駅の裏にひっそり建っているこの団地」
「凸凹っぷりがたまらなくいい」
「出るとこが出ていて、引っ込むとこは引っ込んでいる」
「そう言われると、さも出るべき部分があるみたいだね」
「出るべきところはやっぱりエレベータータワーかな」
「エレベータータワーはあんまり飛び出てないよ」
「細かい男だなー、君は。モノの例えだよ、例え」
「わかったよ。そもそも凸凹の魅力とは何なんだろうか」
「言うなれば、凹みを埋めてしまいたい衝動だと思う」
「分かりづらい衝動が魅力だなー」
「クロスワードに近い。ヒントがあるとつい埋めてしまう」
「じゃぁ、ヒントは?」
「当然あるさ。ヒントは『足の裏がジーンとしてきた』」
「なんだよ、もう疲れたのか?」
「川の向こうに見える団地にはいいものが多いね」
「平井なんかそうだよね」
「通路側が川に面している場合が多いよね」
「撮影が容易なので団地マニアにはうれしい」
「団地マニアの守護神は川にいるのかも」
「そんな守護神イヤだな」
「この団地、どう?気に入った?」
「タワーがサイドについているタイプの典型だ。良いね」
「上から3階分だけオデキがあるね。セオリー通りだ」
「タワーのエンジ色と白とのバランスもとても良い」
「腰壁が波打っているのは川面をデザインしたらしいよ」
「また、適当なことを」
「いや、ほんとだって。聞いたもん。守護神に」
「だって、ハ イタウン塩浜も同じ腰壁だったじゃない」
「あれも川に面してなかったっけ?」
「いや、向かいは高校だったよ」
「それは思春期の揺れ動く心を川面にたとえているのだよ」
「もういいよ」
「典 型的な公団中廊下タイプの造形・テクスチャだね」
「14階建てとかなり大きな物なんだけど」
「あまり威圧感を感じさせない軽快なデザインだ」
「庇がかわいい」
「都営の中廊下タイプはワルな顔つきの物が多いけど」
「これとか、おしなべて公団は優しい感じがするよね」
「ここは川べりで環境もいいし」
「苦労せずに優しく育った箱入り娘って感じだな」
「そうかなあ」
「こういう気だてのいい子で満足すればいいのに」
「いいのに?」
「ワルな感じの団地にも惹かれちゃうんだよね」
「まあね」
「色んな子を渡り歩いて、いけずな男だ、ぼくは」
「いけず、ってあんた」
「これはでかい。ひさびさの大物だよ」
「そしてどこまでも団地が続いている」
「一棟一棟、なかなか端正な表情をしているね」
「オデキがないのが惜しいな」
「一階部分が商店街のタイプだね」
「ある意味、王道だね」
「結構にぎわってるの点が王道から踏み外しているけど」
「ひどいなその言い方。団地はにぎわってちゃいかんのか」
「うーん、いいなあ、これは」
「なんか、かなり気に入ってるね」
「いや、だってさ」
「なに?」
「駅から近いし」
「そうだよね、住民も便利だよね」
「いや、住民はどうでもいいんだよ」
「は?」
「団地マニアは苦労してるんだよ。駅から遠いの多いから」
「住民そっちのけの発言だな」
「これは、全国の団地マニアの長年の悩みなのだよ」
「全国の、って。団地マニアは僕らだけだよ。全国で」
「そんなことないさ、見てごらんよ、あの賑わいを」
「あれは団地マニアじゃないよ。団地の住人だよ。」
「そうか、ついに現役団地住人が団地マニアになる時代が」
「都合よく事実をねじ曲げるのはやめなさい」
「団地鑑賞のポイントの一つはエレベータータワーだけど」
「これはまた充実したタワーだね」
「大きさといい、色といい、最上部のカゴといい」
「タワーマニアにも喜んでいただけるかと」
「でもちょっと全体との大きさではアンバランスかな」
「うーん、あたまでっかちな感じだね」
「顔は男前なんだけど頭が大きい人っているよね」
「ぶさいくで顔がでかいよりはいいよ」
「本体はかなりでかいんだけどそれでもアンバランスだね」
「背が低くて顔がでかいよりはましだよ」
「本体の方もなかなか良いテクスチャをしている」
「両側の階段の形および色も渋いね」
「おしゃれさんなんだけど顔が大きい人も見かけるね」
「とんちんかんなファッションで顔がでかいよりましだよ」
「…顔の話はやめようか」
「…うん」
「バチカンがキリスト教のメッカなら」
「は?」
「光が丘は団地マニアのメッカだな」
「…それ、間違ってるぞ」
「え?あ、そうか。高島平っていう説もあるな」
「そっちじゃなくて『キリスト教のメッカ』ってほうだよ」
「それはそうと、また、カメラマニアにからまれたよね」
「愛想良くふれあいを求めてきただけだろ」
「あー、あれが『ふれ愛』なのか」
「漢字は余計だよ」
「岐阜に『で愛』『ふれ愛』っていう2つのドームがある」
「何の話だよ」
「知ってた?」
「知らんがな。そんなことばかり詳しいんだな、君は」
「覚えておきたまえ」
「…にしてもきみ、カメラマニアに対して冷たいね」
「レンズとか、機材の話が好きだよな、ああゆうひとたち」
「いいじゃん、別に」
「カメラ使いたいから写真撮ってるんじゃないの?」
「団地撮るためにカメラ使う人よりましだよ」
「こ れはいいなあ。ステキだ」
「そうだねえ。いいねえ」
「団地の、一つの見本だよ」
「そうだね。タワーの位置と大きさも典型だし」
「階数もお約束の14階建てだし」
「左右のオデキもきちっと添えられているし」
「左右の階段室の大きさも秀逸だね」
「むき出しの配管とか、タイルの汚れ具合とかもステキ」
「あらゆる部分が理想の造形でありながら個性を感じる」
「豊島団地シリーズには珍しい造形がそろっているけど」
「こういう典型デザインもしっかりと押さえている」
「オリジナリティとは何かを考えさせられるね」
「僕ら自身のオリジナリティも考えた方がいいかもね」
「いや、団地マニアっていうだけで充分だよ」
「豊島団地シリーズの一つのハイライトだね」
「これだけ大きいのはなかなかないよ」
「中廊下タイプなので、奥行きもあってマッシブだ」
「テクスチャはおとなしいけど、これはこれで良いよ」
「そうだね。端正にデザインされてる」
「全体の造形がすごくモダニズムな感じなんだよね」
「団地全盛の在りし日の勇姿、って感じだよね」
「なんだか大げさだな」
「20世紀の意味」
「なんだよ急に」
「右肩上がりを信じ」
「は?」
「重厚長大」
「もういいよ」
「イケイケどんどん。しまった、ん、だ」
「しりとりかよ」
「公団豊島団地シリーズの中でも異色の物件だね」
「そうだね。平面もダイナミックなV字型だし」
「野心作だね」
「ブルーを基調としたカラーリングもステキ」
「庇の造形も大胆だな」
「そしてなにより、この大きさが魅力だよ」
「豊島団地には大型のものが多いから目立たないけど」
「そこらへんにぽっと置いてあったらかなり大きいよ」
「そこらへん、ってどこだよ」
「あるいは大きさの比較のためにタバコを添えるとか」
「それじゃ、まったくよく分かりません」
「庇の大胆さも全体がコンパクトに見える一因だね」
「いや、決してコンパクトには見えないけど」
「日本人には帽子が似合わないというのと同じ原理だよ」
「なにそれ。そうなの?」
「体格に恵まれた人がかぶるとサマになるのだよ」
「なるほど。でも何の話だよ」
「団地を通して着こなしを学べるということだよ」
「着こなし、ってあんた」
「団地マニアにオシャレが多いのもうなづけるね」
「住人に警戒されるような格好してて何言ってんだか」

南 葛西の物件と同じくプールサイドからの撮影ですが」
「ここも撮影のために入れてもらうのに苦労したね」
「そうだね。『何撮るの』『団地です』って言ってもねえ」
「なかなか理解されないよね」
「水着の女の子撮るんですよウヒヒ、の方が理解されるよ」
「ウヒヒはやめなさい」
「でも心の中では『団地撮るんですよウヒヒ』でしょ」
「まあね」
「でも苦労して入った甲斐があったね」
「そうだね。ステキな団地だね」
「縦方向を意識したデザインがいいね」
「大きさもかなりのものだよ」
「色使いも公団、って感じで良い」
「タワーの色とボディの色との組み合わせがシックだね」
「オトナな色使いだよ。なかなかできるもんじゃない」
「公団の色って、一見野暮ったいんだけど」
「よく見ると味があるんだよ。検討が重ねられている感じ」
「何だかんだで最終的にはやっぱり野暮ったいんだけどね」
「なんだよ、結局そうなのか」
「団地に使われている色でチャート作りたいね」
「あ、いいねそれ」
「『DICカラー』って名付けようよ」
「なんだよ、それパクリじゃん。大体何の略だよDICって」
「えー、団地…、い、色…、カラー…」
「しどろもどろにもほどがある」

「ボー クレブ選手はこれを見て思いついたらしいよ」
「誰それ。そして、何を」
「V字ジャンプを初めてしたスウェーデンの選手」
「またそういう嘘を」
「この団地、色んな意味でK点超えは間違いないね」
「言うと思った」
「V字の奥に鎮座まします大胆なオデキも秀逸だ」
「うん、これはすごい」
「視線をオデキに集中させる巧みな遠近法デザイン」
「そんなつもりじゃないでしょ」
「そしてちゃんとアシンメトリーの法則が生きている」
「こんな異形の物件でありながらね」
「団地マニアの撮影ルールは『正面から撮る』なんだけど」
「団地における正面とは何か、を問いかける物件だね」
「団地マニアに対する、団地からの挑戦だよ」
「なんだそれ」
「これを正面として撮っていいのか正直ためらったけど」
「そうだね」
「しかしV字ジャンプも最初は減点の対象だったし」
「話題をそうつなげるか」
「やがてこういう撮り方も認められるようになると信じて」
「それより前にまず団地マニア自体を認めてもらわなきゃ」
「駅からこんなに近いところにこんなステキな団地が」
「しかも蒲田」
「図書館と生活センターと団地のハイブリッド」
「しかも蒲田」
「住宅公団時代のものだよ。伝統を感じるね」
「しかも蒲田」
「ちゃんと上から四階分、左右にオデキがあるし」
「しかも蒲田」
「柱のストライプも、なかなかお目にかかれない造形だ」
「しかも蒲田」
「なのに、どこか懐かしい。既視感がある」
「しかも蒲田」
「独自性とパターンと。かなり理想的な団地造形だよ」
「蒲田なのにねえ」
「…きみ、蒲田に何か恨みでも?」
「いや、君の言うとおりステキな団地なんだけど」
「だけど?」
「例えば浦安とか、郊外は団地の立地として典型だよね」
「まあね」
「一方、青山とか都心にある団地も期待を心地よく裏切る」
「誰の期待だかは不明ですがね」
「だけどねえ、蒲田。中途半端なんだよなあ」
「でも、蒲田は充分都心なんじゃない」
「ユザワヤが14号館もある街なのに?」
「なんだか詳しいね」
「しかも4号館はランジェリー専門館だぞ」
「知らんよ。だいたい首都圏の人にしか分からないよ」
「いやいや、神戸にできたんだよ。三宮に」
「なんだあんた、ユザワヤマニアか」
「大島駅前にそびえ立つ団地群」
「地下鉄の出口を出ると、そこに、それは、あった」
「それぞれ個性があってなかなか興味深い団地だけど」
「なかでもこれは一風変わった造形だね」
「なかなかいいよ」
「中廊下なのでベランダ側からの撮影ができないけど」
「あまり気にならないね」
「ベランダの造形はよく見るとあまり面白くないけど」
「そんなテクスチャの弱点を補ってあまりあるのが」
「このエレベータータワーだ」
「コジャレてるんだかなんだか分からないね」
「嫌いじゃないね。初めて見るのにどこか既視感がある」
「建築科の2年生ぐらいの学生がデザインしちゃいそう」
「微妙に嫌な感じの喩えだな」
「そんなことないですよー。皮肉じゃないですよー」
「建築関係の人を敵に回さない方がいいと思うけど」
「それにしても、これだけ駅に近いといいね」
「駅が先にできたのかなあ、団地が先だったのかな」
「ははあ、鶏が先か卵が先か、っていう例の議論だな」
「いや、議論、ってほどじゃないですが」
「どちらが先、っていうほど単純な議論ではないのだよ」
「単純だよ。どちらかが先だったはずだもの」
「いやいや、これは両者の一種の弁証法的関係であって」
「なんだかうさんくさいな。意味分かってるのか」
「小難しい言葉使えば建築関係の人に喜ばれるかと」
「慣れないことはしないほうが」
「『ケンチク』と『ウンチク』って似てるよね」
「だから皮肉はよしなさいってば」
「いままで多くのスキップフロアを見てきたけれども」
「これほどのものははじめてだね」
「なんだか気持ち悪いぐらいだよ」
「爽やかな白を基調としたカラーリングに救われている」
「絶滅寸前のアンモナイトの話知ってる?」
「急になんの話でしょう」
「だんだん複雑怪奇な巻き方になっていったんだよ」
「ああ、知ってるけど」
「なんとなくその不気味さが似てるよね」
「そうかなー」
「そろそろ絶滅するんじゃないかな、団地も」
「絶滅しちゃったら、僕ら団地マニアはどうなるの」
「ある種が絶滅すると、その捕食者も絶滅する運命だよ」
「捕食者が食べ過ぎて絶滅したりするよね」
「そうか、僕らもちょっと控えた方がいいかも」
「っていうか、僕ら、捕食者なのか?」
「捕食者じゃなきゃなにさ」
「せいぜい寄生虫ぐらいかと」
「この団地は公団における最初の高層住宅の例の一つだよ」
「まだ公団のデザインが確立される前のものだね」
「一見、都営のハニワ型に見えてしまうので注意が必要だ」
「誰が注意するんだかわかんないけど」
「都営だね、とか言ってると笑われちゃうぞ」
「誰も笑わないよ。そんなことでは」
「しかし、天井も低そうだし暮らしぶりはどうなんだろう」
「恐らく2DKの時代のものだね」
「駐車場もあとから作られたものっぽい」
「マイカーをみんなが持つ時代以前の計画だからね」
「でもこの時期のものは建蔽率が低くて緑豊かだよ」
「棟間隔が今じゃ考えられないほど広い」
「こうして屋上にも出ることができるし」
「雰囲気はとても良いよ」
「ちゃんとコミュニティが出来あがっている感じがする」
「じゃないと、屋上も出られないよね。普通」
「屋上からはきれいに撮れるから団地マニアにも嬉しい」
「でも不審者に注意、っていう張り紙はあったけど」
「歴史ある団地だから団地マニアへの理解はあると思うよ」
「歴史とは関係ないよ」
「そんなことないさ!」
「あ、屋上に誰かあがってきたよ」
「逃げろー!!」
「一目散じゃないか。団地マニアへの理解はどこに」
「き み、これあんまり好きじゃないでしょ」
「うーん、そうだねえ」
「実はぼくもあんまり好きじゃないんだよ」
「なんでだろうね」
「色の問題が大きいかなあ」
「#FFFFCCってところかねえ」
「わざわざHTMLで表現しなくていいよ」
「2段階にわたるセットバックも好みの別れるところだよ」
「全体的にソリッドな風味が無難に仕上げた感じだよね」
「もっと果敢に冒険して欲しいよね。団地には」
「いや、そうは思わないけど」
「小さくおさまって欲しくないよ」
「ぜんぜん小さくないけどね」
「腰壁の造形もマンションぽいんだよ。それがどうも」
「マンションと団地の境界事例として記録しておこうか」
「いわば、これは団地とマンションのリトマス紙だよ」
「どっちが酸性でどっちがアルカリ性なの?」
「もちろん団地は酸性でしょ。なんか酸っぱい臭いするし」
「その事実は皆さんにはお知らせしない方が」
「お肌のためにもせめて弱酸性でお願いしたいよね」
「お肌は関係ないでしょ。お肌は」
「こ の折れ曲がりは評価の別れるところだね」
「第36回関東甲信越団地評議会でも問題になってたね」
「36回もやってるのか。しかもブロックに分かれて」
「ああ、君は前回欠席だったっけ」
「お得意の妄想話はそこらへんで結構ですよ」
「なんでも次回は一日評議会長が来るらしいよ」
「誰がやるんだそんなの」
「三井ゆり」
「うわ、微妙にリアルな人選だな」
「ぼくはこの折れ曲がりは評価しているけど、どう?」
「そうだね。それほどトリッキーな感じもしないし」
「デザイナーのバランス感覚のたまものだね」
「バランス感覚て、あんた」
「あるいはゲーム感覚」
「いきなりそれか」
「または遊び感覚」
「言うと思った」
「ワープロ感覚で団地をデザインできます、とか」
「なんだかよく分からん」
「団地ビルダー5.0」
「なんだそれ」
「公団だから5.0」
「いや、全然中途半端だし」
「団地のメッカ、大島からまた一つ」
「もう、メッカはいいよ」
「これは見逃してたよね」
「そうだね。まあ、でも中廊下タイプだし」
「確かに、ベランダ側のテクスチャはいただけない」
「すだれ率が非常に高いしね」
「しかし、見所が一点。ベランダの配置パターンだ」
「団地全体の面に対してそれぞれ斜めになっている」
「上から見たらノコギリの歯みたいになっているはずだ」
「お互いのプライバシー配慮のためなのか」
「あるいは日照の問題か」
「写真では分からないのが、みなさんに申し訳ない」
「現地に行って見ればいいのさ。甘やかしちゃいかんよ」
「また意味のない高飛車を」
「団地は会議室で起こってるんじゃないだ!」
「いや、そりゃそうだけど」
「会社帰りにちょっと寄ってみたりすればいいのに」
「『いいのに』ってことはないよね」
「アフターファイブ団地、とか」
「仕事で疲れてるのにそんな事したくないし、表現古い」
「じゃあ、ハナキン団地」
「それも古いし、ますますあり得ない」
「あるいはマルキン団地」
「意味分かんない。古けりゃいいと思ってるフシが」
「マルビ団地、でどうだ」
「言うと思った」
「団 地界の火薬庫、森之宮団地にやってきました」
「もう、日本語めちゃめちゃだよね」
「まあ、大阪だからね」
「うわあ。君が火薬庫になってどうする」
「しかしここへ来るのは遅すぎたよね」
「本来、団地マニアを名乗るからには真っ先に来なくては」
「高層団地の先駆けとなった歴史的な物件だよ」
「随所に風格を感じさせつつも遊び心のあるデザイン」
「ベランダの下には謎のルーバーのようなものが」
「初期の団地のデザインって凝っているよね」
「全体のマッシブさとあいまってすごくステキ」
「屋上にも出られるし」
「古いこの手の団地はベランダに洗濯物を干せないからね」
「隣の棟へロープのようなものが張ってあるよ」
「急いで乾燥させたいときにはそこに干すらしいよ」
「そんなわけない。一体どうやって干すのさ」
「どうやってって。ブルースウィリスあたりが」
「ブルースウィリス?」
「こう、悪漢に追われて、しかたなく」
「わけ分からん」
「団 地界の貴公子、住吉団地に謁見です」
「今度は貴公子か」
「ニット界の貴公子といえば広瀬先生だったのが」
「誰それ」
「最近は中尾彬がその地位をほしいままに」
「どうでもいいよ」
「あの、いつも首に巻いてるのはなに?」
「せっかく来たんだから団地の話をしようよ」
「無粋な。興奮を静めようとしているのを汲んでおくれよ」 「確かに。夢にまで見た住吉団地だからね」
「まさに高層団地マニアのメッカ」
「きみ、メッカ言い過ぎ」
「いままでのメッカ取り消し。あれは仮メッカだった」
「でもほんとにすごい。他の団地のどれにも似ていない」
「唯一無二のデザイン。そしてワンアンドオンリー」
「同じ意味だよね、それ」
「最寄り駅が『住吉大社』っていうのも心憎い」
「そうだね風情があるね」
「団地を大社に見立てるとは。南海線もやるね」
「そうじゃないでしょ。大社は別にちゃんとあるよ」
「だったらそろそろこっちを大社にしたらいいと思うよ」
「いや、そういうものじゃないからね、大社は」
「大社界にも、こう、新たな血をだな。新旧交代をだな」
「大社界て」
「新たなデートスポット誕生で南海線もかなり潤うかと」
「デートスポットて。表現が古いなあ」
「いま思いついたけど」
「なにさ」
「貴公子界の貴公子ってリチャードクレイダーマンだね」
「もういいよ」
「たぶん本土最南端の折れ曲がり高層団地だよ」
「ピンクとグレーの配色が議論の分かれるところだね」
「色あせたピンク色が南国気分に水を差す」
「なんでこんな中途半端に色づいちゃったんだろう」
「いわゆるアクセントってやつなんだろうけど」
「見事に『よけいなことを』って感じだね」
「だいたいスキップフロアってだけでアクセント十分だよ」
「そうだね。いわば全身これアクセントだらけだよね」
「全身シャネルでキメてる人みたいなもんだね」
「やな感じのたとえだな」
「あるいはやたら出窓だらけの家とか、そんな感じ」
「なんだそれ」
「出窓があればステキな我が家だと思ってる感じの家」
「いいじゃん、出窓」
「で、人形とか飾ってるのが見えちゃったりして」
「まあまあ」
「出窓の家って、たぶんクリスマスの電飾飾り付けるよね」
「もう出窓に関してはそこらへんで」
「一戸建てのデザインについて再考をせまる団地だね」
「意味分かんない」
「ようやく南国らしい団地に巡りあえたね」
「そうかなー、南国らしいかなー」
「関東ではどうかと思う『サンハイツ』もこれなら納得」
「そうかなー」
「色使いといい縦横比率といい、まさに浪漫飛行」
「一生懸命南国気分になろうとしてるでしょ」
「『彼女が団地に着替えたら』」
「意味分かんないし、さっきから用語が古いんだよね」
「いや、だって見てごらんよ。植栽が椰子だよ」
「確かに植栽はね。でも団地自体は普通じゃん」
「その語尾の『じゃん』はやめなよ。南国なんだから」
「なんにすればいいのさ」
「『ごわす』とか」
「うわ、ベタな」
「江戸っ子でごわす!」
「全然意味分かんない」
「カ ラフル団地だね」
「今まであまりとりあげてこななかったタイプだよ」
「この手のカラーリングにはどうかと思うものが多いから」
「ぼくらにどうかと思うって言われたくないと思うけどね」
「その点、この団地は団地然としたたたずまいと」
「さわやかカラーを両立させている希有な例だね」
「グリーンを基調としたというのがまた冒険だよ」
「グリーンって冒険なんだ。知らなかった」
「ほら、何かと問題が多いからさ緑には」
「べつに問題はないと思うけど」
「いや、ほら環境問題のシンボルってこともあるし」
「また安直な」
「この団地デザインも失われゆく緑に対する警鐘らしいよ」
「相変わらず強引な展開だな」
「だってほら、この中途半端な緑の配色をごらんよ」
「確かに一階と二階と、あと真ん中の五階分が白い」
「これは世界で一日に失われている緑の量らしいよ」
「問題が問題なだけに嘘はよくないと思うけど」
「一日に村上団地3-14の7階分の緑が失われています」
「深刻なんだかどうなんだかよく分からん」
「村 上団地の白眉がこの棟だね」
「特にタワーのやりすぎた感じが素晴らしい」
「見る者に平井七丁目アパートを思い起こさせるタワーだ」
「平井が全体を白ですっきりとまとめ上げているのに対し」
「こちらはタワーに着色が施されているのが特徴だね」
「それは団地初心者に優しい見所ポイント案内だよ」
「『団地初心者』の意味がよく分からないけど」
「タワー鑑賞を広く一般に広めるための配慮ですな」
「タワー鑑賞、ってずいぶんとピンポイントな配慮だね」
「いわゆるダンチ・ディバイドの解消も目的としています」
「いわゆる、て。また聞きかじりの知識で適当なことを」
「一部のマニアしか享受できなかったタワー鑑賞を解放」
「世の中には解放しなくてよいものがあるような気が」
「政策の一環として『らくらく団地閲覧ソフト』を開発」
「うわ、しょぼい」
「これによってITリテラシーの向上を図ります」
「なによその『IT』って」
「『いいタワー』の略じゃない?」
「さも誰かが言ってたような伝聞口調で言ってもだめです」
「あるいは『e-タワー』とか」
「もういいです」
「こ れまた村上団地からのご紹介ですが」
「こういういかにも団地、っていうものもちゃんある」
「偉いね。さすが、ちゃんとわかってるよ。村上」
「なんで呼び捨てなんだか」
「縦横比がちょっと微妙だけど」
「そうだね」
「タワーのバランスから言ったらもうちょっと横が欲しい」
「うーん、これはこれで良い気もするけど」
「賛否両論だね、さすが村上」
「だからなんで呼び捨てなのさ」
「『団地をめぐる冒険』だね」
「は?」
「『1973年の団地』」
「ああ、その村上ね」
「この団地、ちょうど1973年築ぐらいじゃない?」
「いや、1976年だよ」
「じゃあ『Danchi's Bar』で」
「そっちの村上か」
「響きが『団地妻』と紛らわしいので注意が必要だ」
「なんの話だ」
「また西葛西に来ました」
「西葛西は奥が深いよね」
「ああ。2、3回訪団したぐらいじゃ西葛西は語れない」
「語る必要ないし、『訪団』て日本語はないし」
「住宅都市整理公団の『言いたい放談!』とか」
「うわー、だめそうなコーナーだな。字も違うし」
「ダメって言うな。東京新聞に実際あるんだから」
「それよりどうなのよ、この団地」
「うん、なかなかいいね。王冠を戴いた王様タイプだよ」
「駅の逆側にある公社新田住宅を思い起こさせるね」
「あちらがエンジ色でキメてるのに対して」
「こちらはシックなブルーグリーンだ」
「シックって当たり障りのない便利な言葉だね」
「これらを団地界のロイヤルカラーと名付けよう」
「しかし西葛西に王様が2人もいるのはどうなんだろう」
「さしづめ団地界の王家の谷って趣だね」
「なんだそれ」
「団地に眠る財宝を手に入れようと多くの冒険者達が」
「ちんけな冒険者だなあ」
「道中、例のでっかい石の球とかに追っかけられる」
「うわー、またベタな。だいたい財宝ってなにさ」
「仲間とさんざん苦労して手に入れた羊皮紙には」
「羊皮紙なんだ、財宝」
「『仲間と力を合わせること、それが宝だ』って」
「うわー、すげえB級」
「俺達もがんばろうな!」
「妄想話で一方的に団結を深めないでください」
「ニュータウンって食わず嫌いだったね」
「そうだね、なんせニューだからね」
「ニューはよくないよね」
「うん、ニューな団地には興味がない」
「でもよく考えてみたら、ニューを名乗る団地なんて」
「ニューなわけがないよね」
「そうだね、なんせニューだからね」
「この小室ハイランドでニュータウンの可能性に開眼だ」
「団地めぐりの幅がぐっと広がった気がするね」
「A-4ってあたりにかろうじてニューを感じるけど」
「造形はかなり素敵なオールド典型団地だよ」
「なにも足さない、なにも引かない、って感じだね」
「連続性といい、タワーのバランスといい申し分ない」
「一方で女性を意識した上品なオフホワイトが心憎い」
「女性を意識してるんだ、これ」
「ほら、縦方向の梁に丸みも加えられているでしょ」
「それがなにか」
「アウターに響かないラウンド処理」
「アウターて」
「吸湿性・保温性にも優れ、汗もべたつきません」
「やな団地だね」
「イッツ・ニュー」
「うまくまとめた気になってるでしょ」
「これはすごいね」
「こんなのはじめて」
「下層部分が末広がりになっている」
「横から見ると逆Yの字型だね」
「下層部分の内部はピロティーになってるよ」
「70年代公団にあるまじきオシャレっぷりだ」
「あるまじき、ってことはないよね」
「実は高島平より古いんだよね、これ」
「かつての団地の設計に対する情熱が感じられる一品だね」
「これだけのこだわりの作品にも関わらず『河原町団地』」
「『ヒルサイド』とか『リバーシティ』とか浮かれてない」
「『CODAN』とかね」
「河原町にあるから、河原町団地。以上」
「変わり種を紹介するのは本意ではないけれど、いいね」
「しかも意欲的でありつつ、公団っぽさも感じられるし」
「団地初心者にも安心してお勧めできるね」
「カレシが団地に興味を持ってくれないとお嘆きのあなた」
「そんな人いないと思うよ」
「この河原町団地でカレもあっというまに団地マニアに」
「やだなあ、そんな彼」
「夜、盛り上がっちゃっても知らないゾ!」
「ゾはやめなさい。ゾは」
「かわいらしい団地だね」
「白とレンガ色のツートンカラーが効いてる」
「一、二階が商店街という大規模団地ならではの構成だ」
「そういえばその商店街で前から気になっていることが」
「なにさ」
「大規模な団地になると商店街に不動産屋があるよね」
「ああ、よくあるね。ここにもあるけど」
「しかも公団中心の物件をとりそろえてたりする」
「ああ、確かに」
「中には当該団地の物件を紹介してたりするけど」
「ここでもハイタウン塩浜の部屋が貼られてたね」
「団地住民に同じ団地紹介してどうすんだろ」
「そりゃ、ハイグレードな団地へステップアップするのさ」
「なんだよ、ハイグレードな団地って」
「実は、いままで公に語られることはなかったけど」
「そりゃ今思いついたことは語られ得ないよね」
「団地のプロは団地ライフをアップデートするんだよ」
「いろいろ意味分かんない」
「庭付き一戸建てなんて言ってるやつはまだまだだね」
「日本人の夢をあっさりと切り捨てましたね」
「出世魚のように団地を登りつめ」
「登りつめ?」
「いつかは宇喜多団地に!」
「うわー、あれが頂点なのか、しょぼいなー」
「失礼なことを言うんじゃありません」
「だってどこが頂点なのさ、宇喜多の」
「どこって、オデキとか、画数の多さとか」
「なんだそれ」
「これはかなりよい物件だね」
「名古屋に来た甲斐があったね」
「かなり典型的な造形」
「オデキこそ無いものの、縦横比、色使いなど申し分ない」
「アシンメトリーの塩梅も絶妙だね」
「しかし、なんと言っても見逃せないのが」
「タワーに燦然と、誇らしげに輝くカモのマーク」
「墨痕鮮やか、って感じだね」
「いかにも公団的な造形に最後のだめ押し。カモ」
「われわれも拝借しているこの旧公団のシンボル。カモ」
「ただカモの下に『Heart to Heart』とか勝手なことが」
「『整理公団』とか名乗ってる人に言われたくないよ」
「団地にカモマークって首都圏ではあまり見かけないけど」
「名古屋ではいくつか見られるようだよ」
「なんでこんなに公団を強調したいんだろうか」
「もしかして名古屋は公団の元祖を詐称したいのでは」
「詐称云々以前に、公団の元祖の意味が分からない」
「ういろうの元祖は名古屋だって言い張ってるじゃん」
「え、名古屋が元祖でしょ」
「ちがうよ、小田原だよ」
「ほんと?ていうか、今はどうでもいいよね、ういろうは」
「ういろうに次いで公団さえも自分たちのものに」
「特にメリット無いよね公団元祖って。意味分かんないし」
「どうも名古屋には不安にさせられるよ」
「ぼくはきみのほうが不安だよ」
「あるいは、これは公団のバッタもんかも」
「だからそんなことしていったい何のメリットが」
「よく見たら『コウダソ』だったり」
「うわーすげえ某掲示板文化っぽい」
「これだけ素敵な団地なら公団のふりなんかしなくても」
「だからふりなんてしてないってば」
「可愛いのにアイドルの名前もじったAV女優みたい」
「なんの話だ」
「だから、こういう変わり種を取り上げちゃいけないよ」
「まあ、そう言うなよ」
「名古屋に来てちょっと浮かれ気分なんじゃないの」
「そんなことない。ココイチで食事しちゃうほど平常心」
「アクロバティックな平常心の証明方法だな」
「でも一見風変わりだけどよくみるとかなり普通なんだよ」
「うーん、確かに色使いは冴えない公団カラーだけど」
「どこかなつかしい感じがするよね」
「まあ、たしかに随所に見慣れた造形タームが」
「でしょ?ワルぶってるけどけっこう凡人、って感じ」
「なんだそれ」
「でもやっぱり特殊だよ。よくないなあ」
「どっちだよ」
「正直、自分の中でどう消化してよいものか迷っている」
「人生、もっと生産的なことで迷いたいものだね」
「一言で公団と言ってもいろいろあるってことで」
「急にオトナな玉虫色の回答だね」
「団地は数学と違って答えが一つじゃないから」
「うわー勉強できない人が言いそうなことを」
「そうそう、そういう人たちってそういう事言う割には」
「割には?」
「男と女の友情は?とか血液型とか決めつける話好きだよね」
「なんの話だ」
「これはなかなか良い作品だね」
「マニア心をくすぐる落ち着いた褐色のカラーリング」
「センターにそびえる、シンプルなタワーの造形」
「大きさも申し分ない」
「梨が香る、と書いて梨香台団地」
「ここ松戸市の名産が梨だからね。古風でよい名前だよ」
「カラーリングは梨をイメージしたとのもっぱらの噂」
「噂か」
「とはいえ特に梨は香りません」
「まあ、そうだけど」
「松戸の代表的な梨といえば」
「明治21年にここで発見された20世紀梨だ」
「肉質が柔らかく、水分が多くとけるような美味しい梨」
「20世紀の梨の王様になるだろう、と期待されての命名」
「この梨香台団地もまさに20世紀の団地の王様だ」
「そりゃ言い過ぎだ。ていうか、意味分かんないし」
「肉質が柔らかく、水分が多くとけるような団地」
「気持ち悪いです」
「これはひどい」
「まあまあ。ひどいって言うなよ」
「整理公団としてはこれを許容しない方針を策定」
「そんな言うなよ。カラーリングはともかく造形は良いよ」
「それだけに、残念だ」
「全部白ならすごく良いのにね」
「かわいい子なのに服はALBA ROSAかよ、って感じ」
「そういう特定の人を揶揄する表現はやめていただきたい」
「ここの団地はみんなこんな感じなんだよね」
「高層ばかりの大規模団地ですごく良いのに」
「泣きながら一気に読みました、って言う心境」
「なにそのベストセラー小説みたいな表現」
「いや、悔しいのよ、ほんとに」
「悔しい表現じゃないよね、それは」
「なんでこんな風にしちゃったのかね」
「高層ばかりだから『威圧感を軽減するため』とか」
「そして逆効果」
「確かに威圧感が気にならなくなるのかもしれないけど」
「それは注意が別の方へそらされるだけと言うか」
「やり方が野暮ったいんだよね。なんで黄色」
「公団らしいといえば公団らしいんだろうけど」
「オシャレに目覚めたつもりがPIKOとかそういう感じ?」
「だからそういう表現はやめてください」
「2年ぶり5度目の西葛西訪問てところですかね」
「いったい何度撮り直しにくれば気が済むのか」
「いつか計画性のある人間になりたいものです」
「それはそうとこの物件はどうですか」
「縦横比に評価が分かれるところだね」
「非常にバランスが悪い」
「やはり日本の団地なら横長であるべきかと」
「最近のタワー型とかもってのほかだよ」
「でも、これ、不思議ときらいじゃない」
「エレベータータワーの大胆さに因るところが大きいね」
「アンバランスにアンバランスでもって対抗」
「毒をもって毒を制す感じ」
「西葛西マジックだね」
「少し太めのペンを全部マジックっていう人いるよね」
「いるけど、今は関係ないね」