2004/04/29  

久しぶりに団地を更新しました→
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おかげさまでこの住宅都市整理公団はいろいろなサイトで紹介されています。ありがとうございます。

ときどきリンクをしてくださっているサイトを覗いたりしているのですが、いろんな風に紹介されていて面白い。

そのなかで最近気になったのはこの「カモだより」を「良質のブログ」と評している方がいらっしゃったこと。

良質といっていただくのはたいへんうれしい限りなのですが、自分がやっていることがブログだとは思わなかった。ちょっとしたショック。

本人も自覚ないまま「え!?俺がやってることってそうなの?」という点で職場でのセクハラと同じだと思う。気をつけたい。

あとは「え!?俺、年金払ってなかったの?」もこれに近いかもしれない。

(総裁談)



2004/04/28  

週刊誌の中吊り広告に「山拓先生の袋とじ」という文字があってびっくりした。

元来、袋とじと言えば美女たちの悩ましげな姿がひっそりと収められていたもの。たしかにセクシャルな話題に事欠かない山拓先生だが、男性でしかも政治家がそこに収められると言うのは、袋とじ界の歴史の中でもかなり画期的な出来事なのではないだろうか。というか、その「袋」は別の意味だろう。

立ち読みでは見れないよ、と買わせるための最終兵器としての袋とじ。そこに収められるべき題材は、隠されているそれを目当てで買ってしまう人が世の中にどれだけいるか、という点で測られる。つまりどれだけ人気があるか、ということだ。

山拓先生はトンチの利いたケースだとして、最近で女性以外でここに収まってしっくりくるのはぺ・ヨンジュン氏ではないだろうか。

その女性の間での人気ぶりはまさに袋とじ級だ。

「ぺ」のあたりも袋とじにふさわしい気がする。

(総裁談)




2004/04/28  

電車の中で「やっぱり肉じゃががおいしく作れる子とか、最高だよね」と言っている若いサラリーマンがいた。やっぱり肉じゃがなのか。

ところで会社員を6年もやっておいてこういうことをいうのも恥ずかしいのだが、いまだに文句の言われない見積書が書けない。

見積書にかぎらず、伝票処理一般がどうも苦手だ。よし、完璧だ!と鼻息荒く経理に提出するも、毎回あえなく突き返される。どうも基本的なところでなにかが毎回間違っているらしい。

企画能力が優れていても、営業力に長けていても、見積書一つ書けないと意味がない。サラリーマンの基本だ。たぶん。

肉じゃががうまくできることの万能感ったらないよなあ、舌平目のムニエルなんかよりよっぽどだよなあ、と不思議に思っていたが、肉じゃがとはすなわち見積書なのだと思う。

そういえば、経理の女性達は肉じゃがつくるのがうまそうだ。

(総裁談)



2004/04/26  

アミノバリューという飲み物がある。大塚製薬が満を持して世に問う機能性飲料だ。たぶん。

先日電車の中でこのアミノバリューの広告を見かけた。アミノバリューについているシールを5枚集めて応募すると、今をときめくヴォーカル&ダンス・ユニット「EXILE」のシークレットライブが当たるらしい。

だれでもコンビニに行けば買える飲み物についているシールを集めたら4000組・8000人の人が参加できるライブ。そんなものを「シークレット」と呼べるのだろうか。

この「シークレットライブご招待」なるものは、アミノバリューに限らずよく目にするキャンペーンだ。しかも中にはその様子を後日オンエアーとかしちゃうものもある。

デフレ基調の「シークレット」。シークレットをなめているとしか思えない。

身長165センチの自分としては、往年の名作「シークレット・ブーツ」を見習って、シークレットの響きにある悲哀と共に、真のシークレットとは何かを今一度見直して欲しいと思う(*1)


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*1
と思ったら、EXILEのメンバーはみんな身長175センチから180センチだった。ガテン系の職業も経験し、そこらへんのちゃらちゃらしたダンサーとは違う、という点をウリにしているようだが、結局、ここらへんが彼らの限界なのだと思う。

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(総裁談)





2004/04/25  

尾崎豊氏の13回忌ということで、豪華メンバーによるトリビュートアルバムが発売されるなど、いまちょっとした尾崎ブームのようだ。

先日もたまたまつけていたラジオが尾崎豊特集として尾崎豊氏の往年の名曲を何曲も流していた。

ぼく自身の多感な時期が、ちょうど尾崎豊氏が最も脂ののっていた時期だったようだ。実際、同年代の知り合いには尾崎豊氏の熱烈なファンが何人かいる。しかし、あいにくぼくはいままで一度もちゃんと彼の曲を聴いたことがなかった。

そのラジオ番組で初めて彼のパワフルな歌声を聴いたわけだが、正直、津田沼駅の構内で歌ってる感じだな、という以上のことは特に何も感じなかった。尾崎豊氏のファンの方には申し訳ない。

たぶん、31歳という尾崎豊氏のメッセージが届かない年齢にぼくがなってしまったからなのだろう。すでに彼が言うところの信頼できない汚い大人側の人間だ。

盗んだバイクで走りだすというよりはボーナスで買ったバイクが盗まれちゃう立場のほうだし、17歳の地図が読めない女と話を聞けない男。31歳とはそういうものだ。

(総裁談)



2004/04/23  

画素数を競う時代は終わって、デジタルカメラの最近のウリは「手ぶれ補正」のようだ。

高倍率のズーム機能が求められると、おのずと手ぶれが多くなる。そこで手ぶれ補正機能の登場である。

各社様々な方式で手ぶれに挑んでおり、そこにはものすごい技術とノウハウ、そして特許合戦などがあると想像するが、問題はそれだけの苦労の末にできあがった技術を、デジタルカメラ以外にどう利用するのか、という点だと思う。

しかし、たとえばムービーカメラにはすでにこの手の機能は搭載されており、画像・映像を撮るという分野ではすでに道は開けないのではないかと思う。

すぐ思いつくところでは、針穴に糸を通しやすくするように、針に手ぶれ補正機能を搭載する、などだが、需要、技術の面で現実味が薄い。

そこでぼくが各社にお勧めしたいのは、携帯用ビデへの応用だ。

使ったことないから知らないけど、手ぶれ補正があったらいいような気がする。なんならふたたび画素数を競ってもらってもいい。


すまん。

(総裁談)



2004/04/22  

コマーシャルに起用されるタレントは、必ずしもその商品やサービスとゆかりが深いというわけではない。

たとえば広末涼子さんが特にプロバイダー業に関係が深いとは思えないし、香取慎吾さんが家庭教師という設定にもかなり無理がある。長嶋監督と家庭のセキュリティという取り合わせも、スイカとウナギとまでは言わないもののどうかと。彼に「セコムしてますか?」と笑顔で問われても説得力はない。

しかし、当然のことながら、そんな商品とタレントとの間に実の伴った関係があるのか、などとは誰も気にしていなくて、そこにあるのは人気タレントを起用して話題になるかどうかだけだ。「イメージキャラクター」という言葉の万能感がここにある。あくまでイメージ。

そんな「中身とイメージキャラクターがぜんぜん関係ない」の最右翼と言えるのが大学受験予備校の「みすず学苑」だ。

電車で目にしたみすず学苑の広告に登場するキャラクターは「古代の英雄・ヤマトタケル」と「絶世の美女・楊貴妃」。そしてみすず学苑のウリは「怒濤の英語力!」。

気持ちいいぐらいぜんぜん関係ない。うまく言えないが、みすず学苑の勝ちだ。

(総裁談)



2004/04/21  

多くの企業で、定年退職のことを「卒業」と呼ぶらしい。

「退職」という言葉が持つ行き止まり感を、何かをやり遂げた、というようなニュアンスにすり替えるオトナの用語なのだと思う。

しかし、本来「卒業」とはそんなに甘っちょろいものだろうか。卒業式というセレモニーに集約される、本来の学校における卒業。しばしばその場では卒業生が成績順にランク付けされ、首席が代表として証書を受け取る、というような儀式が執り行われる。

考えてみれば会社には「入社式」はあるが「卒業式」はない。わざわざ「卒業」とかいうのであれば、卒業式もやったらどうか。

発表される在籍時代の業務成績。首席で代表して退職金を受け取る元やり手営業部長を席の後ろのほうから見つめる成績下位者。学校と違って見守る両親もすでに他界している。

なんだか悲しい気持ちになってきた。やはり「退職」は「退職」と呼んだほうがいいのではないだろうか。

(総裁談)




2004/04/20  

身の危険も省みず危険な戦場へとボランティアのために赴く。たとえ退避勧告が出ていようとも。

素晴らしい。素晴らしいけどなんか妙な感じがする。この違和感はなんだろうか。

素晴らしいけどなんか妙、というこの感じは、例えばシンクロナイズドスイミングにも感じる。

日本が世界に誇れる確かな技術を持つシンクロナイズドスイミング。先日もアテネ五輪予選大会において、合計97.918点で2位に入り、アトランタ五輪から3大会連続の五輪出場を決めた日本チーム。素晴らしい。でもシンクロって、なんか妙。

特に今回の演技のテーマが「武士道」だという点もその「妙」な感じを増幅させる。

劣化ウラン弾の恐ろしさを絵本につづるために戦場へ赴く。「武士道」をテーマにプールで満面の笑みで立ち泳ぎしたりする。つまり「自己責任」とはこういうことかと思う。

(総裁談)



2004/04/17  

テレビで「つまらない大人にはなりたくない」といっている若者を見た。

彼はどういう大人になりたいのか。たぶん「つまらない大人」の反対は「面白い大人」だろう。

糸井重里あたりか。

ぼくはつまらない大人でいいです。

(総裁談)



2004/04/15  

「IT産業もいよいよ成熟市場の域に入った」と言っている人がいた。

ところでクルマ雑誌の表紙はなぜ女の子の写真だったりするのか。

ぼく自身は免許も持っていないような人間なのでクルマ業界のことは何一つ知らないが、それでもこの手の雑誌の内容と女の子とはなんの関係もないのではないか、と思う。

同じように内容と関係ないのに意味なく女の子が表紙、という雑誌には青年マンガ週刊誌が挙げられるように思う。あと、最近ではパチンコ雑誌か。中吊り広告で見た限りの印象だが。

おそらく、この「意味なく女の子」はその業界が成熟した証なのではないか。競争が激しくなると、表紙にかわいい女の子の写真でもドーンと載せて差別化を図ろう、というわけなのだろう。

つまり、IT産業の成熟化は「週間アスキー」の表紙で、長谷川京子さんとかが意味なくノートパソコンを持ってほほえんでいたりする部分にかいま見える。

(総裁談)



2004/04/13  

小学生の頃、有名なE.T.という映画が公開された。

宇宙人と少年との心の交流を情感豊かに描いたこの作品だが、「E.T.」が何の略なのかがいまだに分からない。

今でも覚えているのが、友人の父親にE.T.って何の略なのかとたずねたら、彼は「イングリッシュ・ティーチャーの略だよ、なんつってダハハ」とか答えたことだ。

英語などまったく分からない小学生にも「なにか冗談を言っているらしい」ということだけは伝わってきたが、なにが面白いのかは分からなかった。何か釈然としない思いを抱えたまま「そうですか…」とか言ってその場は終わりになったように思う。

31歳になった今も英語に堪能なわけもなく、E.T.が何の略なのかは分からないままだが、たぶんイングリッシュ・ティーチャーの略ではないだろうということだけは分かる。

そして、これが冗談としてまったく面白くないこともわかる。今こそ言おう。おっさん、ぜんぜん面白くないよ。

当時、何か非常に不愉快な気分を味わったことを思い出してしまったので、しつこいようだがもう一回言いたい。ぜんぜん面白くないよ。

(総裁談)



2004/04/12  

湯船につかったらお湯があふれる、というCMを最近見ない。

その昔、お風呂設備のテレビCMなどで「リラックス&贅沢なひとときの象徴」としてしばしば見かけた、この「お湯ザバー」。おそらくエコロジーが当たり前になった21世紀では、CMの中の話といえども許されない映像なのだと思う。

つまりアルキメデスが21世紀の人だったら、元素による比重の違いの発見もできなかったということだ。

しかし、そこは世界の偉人、アルキメデス。すっぱだかで「エウレーカ!」と叫んで街を行く姿も、さしずめ「動物たちを守れ!」というヌードデモになっていたことと思う。

(総裁談)



2004/04/11  

フリーターの増加が日本をだめにする、という論調を最近よく耳にする。

フリーターの方々は定職を持つ人に比べ一般的に所得が少ないため、フリーターの方々が増えると消費が落ち込んでしまい不況が長引く、というのだ。

「『がんじがらめの会社組織に縛られずに、自由に生きたい』という労働観を持つ若者が多く、彼らはフリーターと言う道を選ぶが、日本全体のことを考えると決して好ましいとはいえない」などと論ずるおじさま方がいるようだ。

いっぽう、ぼくがよく耳にする労働観としては「仲間と一緒に、小さくてもいいからじぶんたちのお店(カフェ)を持ちたい」というものだ。

日本全体のことはあまり興味がないぼくだが、どちらかというと店のオーナーが自ら撮ったステキな写真が飾ってあってボサノバが流れているようなカフェばかりの国より、フリーターだらけの国のほうがなんぼかましだと思う。

(総裁談)



2004/04/09  

ものを覚えるために語呂合わせがよく使われる。

名作としては「良い国(1192)作ろう鎌倉幕府」などがあるが、なかにはそれはどうかと思うようなものもある。

たとえば元素の周期表は「すいへーりーべー、ぼくの船」で語呂を合わせることになっている。意味が分からない。それははたして覚えやすいのか。

しかし、一方で語呂合わせた結果の言葉が普通に意味が通ってしまうものもまずいだろう。何かの語呂合わせだ、ということが分かりづらいからだ。「ホウレンソウ」(報告・連絡・相談)などはそれにあたると思う。「社会人になったらホウレンソウが大事」などと言われても「そうっすよね、鉄分ちゃんととらなきゃね」ということになりかねない。

そういった意味で「富士山麓オウム鳴く」(2.2360679=5の平方根)などはちょうど良い塩梅だ。いちおう意味があって、かつ何かの語呂だぞ感がうまい具合に醸し出されている。

でも「人並みに奢れや!」(1.7320508=3の平方根)はいかがなものだろうか。内容が高飛車で気分を害す、という以外にも、正確さが重んじられる数学の世界の用語であるにもかかわらず、ここには不況の影響下における「人並みの出費」のデフレ傾向が考慮されていないからだ。ここ数年では「人並みに奢れや!」は2の平方根程度なのではないか。GDPに連動する形で3の平方根が変動為替相場制になっては困る。言ってて意味がよくわかんないけど。

あと、「嫌よ嫌よも好きのうち」もなにかの平方根っぽいと思った。

(総裁談)



2004/04/08  

ドラえもんの道具は計1963個に上るそうだ。最近、富山大教育学部の横山泰行教授が、単行本や雑誌などに掲載された全作品を調査した結果分かったとか。

ところが、超売れっ子道具である「タイムマシン」や「タケコプター」「どこでもドア」など頻繁に登場するものは限られており、道具の9割以上が1回しか使われていないという。

横山教授は「道具は子供らに夢を与えるとともに、頼るだけでは一人前にはなれないというメッセージが込められている」と分析しているが、どちらかというと「便利と思った道具も結局1回使っただけで使い捨てになる場合が多い」と分析するのが正しいのではないだろうか。

上記のよく登場する3つの道具は、よく考えてみると結局、時間と空間を移動するという素朴な機能だ。ロングセラーというのはそういうものなのだと思う。

きっと1回しか使われなかった道具の中には「Lモード」があったに違いないと思う。

(総裁談)



2004/04/07  

芝居がしたい、と勤めを辞めて劇団一本でやっていく決心をした知り合いがいる。

今まではサラリーマンをしながらやっていたが「もっと芝居をやりたい」ということで一念発起したということだ。

彼の英断にはエールを送りたいところだが、より芝居に専念したいという理由でサラリーマンをやめてしまうのは本末転倒ではないのか。

ぼくが見るところ、この世で一番芝居をしているのはサラリーマンだと思うからだ。

「えーっ!北海道に転勤ですか!」(実は事前に聞いていた)
「勘弁してください。これ以上は値引けません」(実はまだマージンに余裕はある)
「あ、どうもー、いつも大変お世話になっております」(世話になどなっていない)
「大変申し訳ないのですが…」(なんで俺が謝らなきゃならないんだよ)

いわゆる「活きた演技」だ。「ワークショップ」って、こういうことなんじゃないかと思う。良く知らないけど。

(総裁談)



2004/04/05  

「あたしって、霊感つよいの」という人がときどきいる。

口調から察するに、おそらくちょっとした自慢なのだと思う。普通の人が感じ取れないものをも感じる力が敏感なのだ、と。

しかし。感じ取る力が敏感な割には、「あたしって、霊感がつよいの」と言ったときにその場に流れる微妙な雰囲気をなぜ感じることができないのか。

そっちの霊は感じなくていいから、もっと違う「気」を感じて欲しい。

(総裁談)



2004/04/04  

友人たちと、「歯を磨いた後、オレンジジュースを飲むとなぜ苦い味がするのだろう」という話をした。

googleで検索して調べたところ、味というのはすべからく、甘い・塩辛い・酸っぱい・苦い・うまいの5種類の微妙な組み合わせで構成されており、味雷のなかでも苦味はほかの甘みや辛味に比べ反応する力が強く、歯みがき粉の中の化学物質の働きで、甘みや酸っぱ味などが抑制され、結果的に果汁のわずかな苦みを強く感じるようになるからだということが分かった。

友人一同、このように、検索すればたいていのことが分かってしまうインターネットはすごい、と感動した。

しかし「歯を磨いた後、オレンジジュースを飲むと苦い味がするよね」という話をすると、たいていの人が「そうそう、なんでだろうねー」と、話が盛り上がるが、なぜそんなにも多くの人が、歯を磨いた後オレンジジュースを飲んだ経験があるのか、という不思議に関してはいくら検索しても分からない。それがもっとも不思議なことだと思うのだが。

ここらへんがインターネットの限界なのだと思う。

(総裁談)



2004/04/03  

ニュースでロボット研究のシンポジウムの様子を見た。

いずれ、ロボットは暮らしになくてはならない存在になるであろう、とか言っていたが、そこに並んでいるロボットたちは、とりあえず歌ったり踊ったりしているだけだった。

たしかにすごいんだろうけど、歌ってもらったり踊ってもらったりが必要になる暮らしは望んでいない。踊りたければ、自分で踊るさ。

ところでここのところ、毎週のように大阪に出張に行っている。

新幹線で行き来しているのだが、社内でこれに関してはどうにかならないものか、と思うことがひとつある。

それは新幹線車内で行われる改札である。乗務員が各席を回って乗車券をチェックする、というあれだ。これが非常にうっとうしい。出張ばかりで疲れ果てて寝ている客を起こして切符を見せろ、という。

これは何のためにやっているのか。だって乗車券も特急券も改札口でチェックするじゃないか。きけば車内での乗務員に対する暴力沙汰が、この座席でのチェックのタイミングでよく起こるらしい。そりゃそうだよな、と思う。

ぼくが思いつかない何らかの理由で、どうしても座席でチェックをしなければならないとしても、最新鋭のテクノロジーかなんかを使ってもうちょっとスマートにできないものか。

その場合少し心配なのは、最新鋭テクノロジーとか言ったとたん、「座席巡回改札ロボット」とか開発しちゃいそうだということだ。「リラックス効果のある音と香りを出しながら、寝ているお客さまも快適に起こして切符を改めます」とか言って。

いろんな意味で、ロボット開発の動向には目を光らせておこうと思う。

(総裁談)



2004/04/02  

3月32日という言葉がある。

32じゃなくて35日でも40日でもいいのだが、実際の暦にはない3月の日付を使うことがある。

これは主に官庁などに納品するような仕事をしている業界の方々の間で使われる言葉だ。3月は年度末で、予算含めてすべての締めが3月の末日に行われる。当然官庁などから受けた仕事の納期も年度をまたぐということは通常なく、遅くとも3月31日には完了しなければならない。

ところが、さまざまな大人の事情で31日に納品できないことがよくあるのだ。こういう場合は書類上納品は31日に完了したことにして、作業自体は4月に入っても続いたりする。そして実際の完了日が4月1日になっちゃう場合などは万感の思いを込めて「3月32日に完了」と言うのだ。大人だ。

3月32日、つまり4月1日はエイプリルフールだが、その起源は実はよくわかっていないらしい。ローマの逆さ祭り説、ノアの箱船説、キリストの受難説、インド起源説、旧暦の正月説などさまざまだ。

嘘をついて良い日・エイプリルフール。上記の説に「納品日詐称説」を入れてもよいと思う。

(総裁談)



2004/04/01  

最近の小学校事情を聞く機会があった。

ぼくが小学校を卒業したのはおよそ20年前。チェッカーズ全盛の頃で、当時と今とで小学校の教育現場も相当変わっているようだ。

やはり特筆すべきはパソコン・インターネットを使った授業だろう。もはや小学校にパソコンがあるのは当たり前のようで、インターネットを使った調べ学習などもかなり一般的だという。

しかし、そんな21世紀小学校事情情報のなかでもっとも驚いたのが、プールから「腰洗い漕」がなくなっているという事実だ。

プールにはいる前に、浅く水を張ったコンクリートむき出しのざらざらしたところに腰をかがめて入らされたあれ。子供心に非常に不快だった。

パソコン教育の他にも2学期制の導入や、いわゆるゆとり教育など、いくつかの教育現場の変化を聞いたが、ぼくとしてはこの「腰洗い漕の廃止」を最高の改善成果としてとらえたいと思う。


だいたい、「腰洗い漕」って名前も変だよ。風俗のプレイか。

(総裁談)




2004年3月のカモだより