「オデキだね」
「オデキだねえ」
「しかもど真ん中」
「うん」
「テクスチャは都営によく見られるハニワタイプだね」
「ベランダが外壁の内側にあって、のっぺりとした」
「きらいじゃない」
「しかし、オデキに惑わされてはいけないな」
「そうだね、両脇の階段の処理も絶妙だ」
「色もいい」
「作者の才能を感じるね」
「誰なんだろうね。作者」
「エレベータータワーのつながり方の処理もいい」
「一体成形、ってかんじだね」
「しかもグリッド単位にのっとってデザインされている」
「グリッドってあんた」
「あっ、これ、コルビジェじゃないの?つくったの」
「また、そんな聞きかじりの知識で適当なことを」
「オデキのでっぱりの長さも、基本単位の整数倍だよ」
「そうかなー」
「もしかしてこれ、向こう側にごろん、と90度倒したら」
「倒したら?」
「オデキの部分がエレベータータワーになって」
「は?」
「エレベータータワーがオデキになるんじゃないか?」
「おいおい」
「そうして向こう側から見ると今と同じように見える」
「そんなわけないじゃん」
「ということは、屋上のテクスチャもハニワか」
「ちがうって」
「側面は正方形ってことだな。こりゃ一大事だ」
「なわけない」
「さすがコルビジェ」
「だから違うって」


「ちょー暑い」
「『ちょー』はやめなさい」
「どこかで休もうよー」
「そんなカワイコぶってもダメ」
「コーヒー飲みたい」
「またそれだ」
「でもおいしいくないと飲んでやんない」
「なんだよそれ」
「メニューにブレンドとアメリカンがある喫茶店ってさ」
「なにさ」
「そういう店のコーヒーってまずいよな」
「まあ、確かに」
「勝手にブレンドするなよなあ」
「まあ、ね」
「いいじゃん、『マンデリン』のままで」
「なんだ、急にコーヒーマニアか。団地の話をしようよ」
「そうだな、これはなかなかいい感じだね」
「独特の古び具合がいいね」
「いい具合に年をとったおばあちゃん、って感じだな」
「横方向を強調した柵もいいね」
「コントロールできる範囲でシンプルにデザインした感じ」
「好感が持てる」
「そう考えるとさ、80年代以降の『マンション』って」
「デザイナーが力量以上のデザインをしようとしてる」
「それで失敗してる感じなんだよね」 「わかるわかる」
「あとさ」
「なに」
「カレーライスがある蕎麦屋の蕎麦もまずいよな」
「もういいって」


「典型的なハニワ タイプだ」
「都営ならではの楽しみだよね」
「縦方向の梁のストライプのバランスがいい」
「しかも、その梁、下の方でテーパーがかかってる」
「あ、ほんとだ」
「これに限らず都営には洗練された独特の特徴があるよね」
「独自の道を歩もうという意気込みが感じられるよ」
「さすがコンクリートジャングル東京都だ」
「…なんかたとえが間違ってる」
「だってこれ、鉄筋コンクリート造でしょ?」
「いや、そうだけどさ」
「東京砂漠のほうがよかった?」
「もういいよ」


「平井には良い団地が多いねえ」
「多くの団地マニアが見逃しているよね」
「何度も言いますが団地マニアは日本に2人しかいません」
「これも基本をふまえつつアレンジが効いていて良いよ」
「西葛西の公社新田住宅に似ているよね」
「あれは赤い王冠をいただいた王様スタイルだったけどね」
「全体の構成はよく似ている」
「いうなれば、これは王子といったところか」
「王子はここで何をやっているんだ」
「川沿いだし、やっぱり前線を見張っているんじゃないの」
「敵は川の向こうの立花一丁目団地か」
「ああ、あれはちょっとした一個師団って感じだもんな」
「いかついマッシブなやつが密集しているよね」
「王子は一人でだいじょうぶかなあ」
「宮殿は西葛西、王子は平井って、地味な王家だ」


「見 晴らしがいいね」
「そうだねえ、本当に川沿いは良い」
「ベランダ側に川があればもっと良ったんだろうけど」
「何バカなことを。廊下側だからいいんじゃないか」
「そうか?普通見晴らしの良いベランダがいいだろう?」
「そりゃ、住人は幸せだろうよ」
「住民が幸せなら結構じゃないか」
「もちろん結構、だが団地マニアにも都合が悪ね」
「見晴らし良好でもベランダ側じゃだめなんだ?」
「うん。やはり廊下側だね。団地を撮るなら」
「未開のジャンルだと高をくくって勝手な美学を定義して」
「いや何事も方向性は重要さ」
「どういうことだよ」
「例えば俺達が硬派であるように」
「『俺達』って、僕らはいつから硬派になったんだよ」
「団地を正面一筋で正々堂々と撮影してるじゃないか」
「正面からは撮っているが、生々堂々というのは疑問だな」
「そうか?」
「そうとも、今にも誰かに声を掛けられるんじゃないかと」
「びくびくしてるか?」
「あぁ、びくついてる。腰は引けてるし、内股になってる」
「そんなこという君も、眼鏡にマスク、帽子まで被って」
「眼鏡は近眼。マスクは花粉症のため」
「帽子はなんだよ?怪しいじゃないか?」
「寝癖を隠しているんだよ。寝癖を」
「ホントのこと言えよ。あれか、最近薄くなってきたとか」
「うそじゃないって」
「それでも硬派か?」
「嘘もついてなければ硬派でもありません」

「でかい。でかすぎる」
「さすが光が丘だよ」
「団地趣味はにおいてでかさは重要な要素だよ」
「赤羽なんかの5階建てくらいの団地群もいいけどね」
「うん。独特の魅力があることは否定はしないけれども」
「やはり大きい団地というものには問答無用の魅力がある」
「しかしこれはでかすぎるよなあ」
「アメリカン巨乳美女の、あのゲンナリ感に通じるものが」
「また穏当を欠いた表現だな」
「しかもゴージャスブロンド美女だったりする」
「何の話だよ」
「そうなるとゲンナリを通りこしてヘキエキという感じだ」
「女性団地マニア誕生のためにもそういう表現は慎しめ」
「しかも下着が黒って、あんた」
「だからいったい何の話だ」
「しかもバイクにまたがって」
「もういいよ」
「ところがこの団地、ばかでかいんだが良い具合に典型だ」
「お、急に団地の話につながったぞ」
「テクスチャ、タワーの造形など典型的な団地のタームだ」
「特に上から3階分だけのオデキなんか心憎い」
「細かい典型の配慮が行き届いている点は見逃せない」
「微妙に赤っぽい色使いも絶妙だしね」
「巨乳だが、見た目は普通のかわいい女の子ってところか」
「やめなさいって。その表現は」
「ということは巨乳でブルマとかか…それもゲンナリだな」
「ブルマは典型じゃないと思うが」
「じゃあ、スクール水着で手を打とう」
「だからいったい何の話なんだ」
「光が丘、さすがだよ」
「なにが」
「団地に保育園を併設することで未来の団地マニア育成か」
「そうじゃないでしょ」
「団地に縁のない子供も団地とのふれあいを楽しめる」
「ふれあい、って、あんた」
「『ふれ愛』がよかった?」
「そもそもここに通う子供は団地に住んでいると思うけど」
「家も団地、保育園も団地。団地の英才教育ってわけだ」
「そんなつもりじゃないでしょ」
「しかも、この団地を選ぶとは。通と見た。園長」
「園長が決めたんじゃないと思うけど」
「でも、この団地は渋いよ。通好みだよ」
「エレベータータワーの位置がいいね」
「真ん中でなく、はじっこでもなく実に絶妙な位置にある」
「タワーの窓の位置も心憎いデザインだし」
「タイルの色もいいしね」
「これを見て育った団地マニアが台頭してきたらと思うと」
「いやこの先も団地マニアが台頭することはないよ」
「ぼくらもウカウカしていられないね」
「だから心配いらないって」
「しかし園長甘いな。団地の醍醐味は通路側にあるのだよ」
「だから園長は関係ないって」
「L字型なのでサイドのタイルをみなさんにお見せできる」
「ステキな色だよね」
「若い団地デザイナーはこういう色が出せなくなってる」
「なんだよ『団地デザイナー』って」
「深刻な問題になっているらしいよ」
「また適当なことを。どこで問題になるんだよ」
「サイドに動物とかの絵を描かれちゃってる団地あるよね」
「5階くらいの低層の団地に多いね」
「ということでこの色を『都営色』と名付けよう」
「また勝手な」
「さて、『都営色』にばかり目を奪われてはいけないよ」
「さっそく使ってるし」
「まず、かなりデカイよね。このでかさは重要だよ」
「テクスチャとか都営ならではの味わいが感じられる」
「エレベータータワーの高さも心憎いね」
「全体の大きさから考えて、この高さは正解だよ」
「全体の汚れ具合もいい」
「それはいいとは思わないけど」
「そうそう、この団地に関して深刻な問題がもうひとつ」
「なにさ」
「この団地の素晴らしさに目を奪われてちゃってさ」
「奪われちゃって?」
「首都高のなかでもこの地点は事故が多いらしいよ」
「だから、適当なこと言うのはやめなさい」
「『東雲』ってなかなか読めないよね」
「東京の人でも読めない人が大勢いそう」
「お台場も近いのに」
「それとこれとは関係ない」
「東雲は団地のベイサイド・アミューズメントエリアだぞ」
「訳の分からないことでリキむのはよしなさい」
「だって、東雲にはステキな団地が多いよ」
「うん、確かに」
「多くの団地マニアが見逃していると思う」
「そもそも団地マニアは多くないんだってば」
「お台場じゃなくてここでデートすればいいのにね」
「よくない」
「タンゲのあの悪趣味な建築よりずっとすばらしいのに」
「なんだ、また知ったような辛口トークか」
「夜景もキレイだぞ」
「人ん家の灯りでしょ」
「惜しむらくはベランダ側しか撮れないことだな」
「しょうがないよ。中廊下タイプだから」
「だけど、中廊下だけあってマッシブだね」
「厚みがあるね」
「縦横比が安定している」
「ベランダ側だけど、テクスチャはまあまあだよ」
「うん、わるくない」
「一階と二階の間の重厚な庇と、屋上部分のさりげない庇」
「それと柵のハーモニーがうまいね」
「単調になりがちなデザインをうまくカバーしている」
「うん。ところでさ」
「なに」
「『東雲』ってなんて読むのか解説しなくていいの?」
「…」
「もしかして」
「…」
「ヒガシ、クモ、って入力して変換してる?」
「これは収集範囲じゃないでしょ」
「うん、まあね」
「だめだよ。10階建て以上という基準は守らなきゃ」
「いや、でも、さ、ほら」
「だって、9階建てじゃん、これ」
「あれ?そうだった?気づかなかったなあー」
「なんだよそのわざとらしい反応は」
「そうは言うけど、なかなかステキな物件でしょ」
「ベランダ側しか撮れないし、どうかなあ」
「エレベータータワーの造形も典型で良いじゃない」
「確かにそうだけど」
「凹凸のあるテクスチャもうまくデザインされているよ」
「確かに良いけど、そんなこと言ってたら大変だよ」
「大変って?」
「赤羽の低層団地とかも収集しなきゃならないぞ」
「いや、あれは5階建てだし。全然違うじゃん」
「9階ぐらいはいいかとか言ってるうちになし崩しにだな」
「なんだか大げさだな」
「団地マニアに取り上げてもらえない赤羽の立場も考えろ」
「なんだよ立場って。しかも取り上げられると嬉しいのか」
「ずいぶん優等生的なテクスチャだね」
「ああ、そつがない」
「そつがなさすぎて、ちょっと物足りないかな」
「ただひとつ、あのオデキだけが例外だ」
「こういうオデキはなかなか見ないね」
「気になっていじってたら膿んじゃったんだね」
「気持ち悪いこと言うね」
「優等生でいようとするストレスのせいだよ」
「過度な擬人化はやめなさい」
「わかるなあ、結構つらいものだよ、優等生って」
「なんだよ、まるで優等生だったかのような口ぶり」
「まるで、とはなんだよ。優等生だったんだって」
「優等生は団地マニアになんかならんよ」


「L型団地だよ」
「ああ、マニア泣かせだよな、L型は」
「なんか問題があるかい?L型に」
「どちらの辺を正面にするかという問題だよ」
「正面にこだわる君は」
「だってルールだろ、ルール」
「正面切って取り組めることって少ないもんな」
「そう、なかなか物事を素直にみれない」
「日頃の斜に構えた姿勢の反動だったのかよ」
「まぁそんなところだな。団地だけは純粋に関わりたい」
「それはそうと、ベランダ側が正面になってるよ、これ」
「この向きじゃないと写真に撮れないんだよ」
「『廊下側を撮る』ってルールは?」
「この際、やむを得ない」
「今度は大人だね。さっきのパッションはどうしたんだ」
「大人になれたり童心に戻れたりするのが団地の良い所さ」
「正面に意固地になる童心なんかないよ」

「いかにも都営だね」
「ベランダが梁の内側にあるハニワタイプだ」
「そして足下に向かってテーパーがかかっている」
「都営の常套句だよ」
「都営は公団に比べてデザインのばらつきが小さいよね」
「うん、一目で都営とわかるものばかりだ」
「しかし、遊び心を忘れているわけじゃない」
「そうそう。これの場合は左右に余っちゃっている梁だ」
「コナンがこれを伝って屋上まで登っちゃいそう」
「コナン?」
「そう。ラナを助けに」
「ああ、『未来少年』の方ね。『名探偵』じゃなくて」
「当たり前だよ。なんだよ名探偵って」
「今『コナン』って言ったら名探偵だよ。きみも歳だねえ」
「じゃあ、その名探偵とやらは足の指で字が書けるのか?」
「だから、若い人は知らないって。そんなエピソード」

「アメリカも大したことないな」
「なんだよ、いきなり」
「この団地こそ『ビッグ
ユニット』と言いたい」
「巨大な物体。メジャーリーグの長身ピッチャーの愛称だね」
「そう、ランディー・ジョンソンなんか目じゃない」
「彼は身長は2メートルもあるけど細身だからな」
「そうそう、両端を持って曲げたら、ポッキって折れそう」
「でも、この団地も同じじゃないか?」
「なに?」
「ほら、折りやすいように切れ目が入っている」
「ポッキって折れるかな」
「両脇に持ち手も付いて折りやすくなっている」
「折れたらどうなるんだろう?」
「溜まっていた人んち臭が吹き出すんじゃないか。ばーっと」
「うえー」

「い やいや、赤羽の団地に隠れてこんなところに」
「赤羽は奥が深いね」
「使い込まれ、古びた感じがたまらなく良い」
「トウの立った往年の美人女優って感じかな」
「肌年齢がかなり気になるよね」
「肌年齢て、あんた」
「隣の7号棟とのコンビネーションも気が利いている」
「実にメリハリのある棟展開だね」
「河原沿いのロケーションもステキだね。気持ちいい」
「いい旅夢気分、ってところだな」
「あまりそそられないね」
「地元の人間しか知らない隠れた名棟を巡る旅」
「『棟』の字が違うし」
「秘境の隠れ団地を尋ねて二人の美女が」
「隠れ団地て。しかも美女って誰よ」
「湯煙の向こうに見える殺人者の陰」
「別の番組になってるよ」
「美人女将の隠された過去とは!」
「だから美人女将って誰よ」
「片平なぎさじゃない、やっぱり」
「いや、素で答えられても」
「トウの立ち具合といい、肌年齢といい」
「やめなさい」

「お 気に入りの団地がまた一つ」
「これはいいね。テクスチャもかなり典型で良い」
「色使いもかなり良いね」
「古び具合もなかなかのものだよ」
「ああ、一朝一夕じゃここまでは古びないね」
「当たり前だよ。古びるの意味分かってるのか」
「いや、汚し塗装、とかあるじゃん」
「ガンプラですか」
「わざと汚れた雰囲気出すためにする塗装だよ」
「知ってるけど、プラモデルの話でしょ、それ」
「団地マニアウケするためにわざと汚す人がいるらしいよ」
「いいかげんな妄想話だなまた」
「『ダンチカラー:MS6階段腰壁汚し専用』とか」
「そんなものありません。だいたい『MS6』って何さ」
「『南砂6丁目』に決まってるじゃん」
「決まってるじゃん、ってあんた。偉そうに言われても」

「光ヶ丘はほんとに奥が深いね」
「もう無いだろう、と思ってもまだステキな団地が」
「これなんかもかなり良いよ」
「典型と独自のバランスがとても良い」
「テクスチャ、タワーの造形など典型極まりないんだけど」
「だけどこの全体構成は珍しい」
「タワーがこういう形で両端にあるのは珍しいよ」
「ありそうでなかったよね」
「オデキも見逃せない」
「そうだね。その配置も心憎いじゃないか」
「シンメトリーを崩すようにデザインされている」
「団地アシンメトリーの法則だよ」
「『法則』を作るといっぱしのマニアっぽいよね」
「ファッションの基本だよ」
「なにが」
「アシンメトリーな着こなし」
「着こなし、ってあんた。またか」
「この冬、オデキ10着の着こなし術」
「気持ち悪いです」
「着まわし術、でも可」
「何が、可、なんだか」

「北 赤羽に名品発見だね」
「隣の6号棟との造形上の対比もメリハリが利いている」
「こちらはどことなく上品な佇まいだよ」
「カラーリングにも時代を超えた格調の高さを感じる」
「住人もすごい上流階級の人たちらしいよ」
「いや、それはないでしょ」
「いやいや、さっき表札見たら『綾小路』が3軒くらい」
「嘘ばっかり」
「さっきのあいさつも『ごきげんよう』だったじゃん」
「ぼくには『何やってるんですか?』って聞こえたけど」
「この屋敷には古き良き時代の臭いがする」
「屋敷て。単にすごく古くて人ん家臭がするだけだよ」
「アカバネーゼって言うらしいね。ここの住民のことを」
「もういいよ」

「ずいぶんと端正にまとまった団地だね」
「大きさもコンパクトだ」
「コンパクトな団地、っていうのも意味不明だけど」
「ちょっとまとまりがよすぎて物足りない感じがするね」
「見所があるとすれば左右の外壁の造形かな」
「両側から板で挟んでいる感じの珍しいデザインだね」
「ちょっと他では見たことないね」
「まとまり感に一役買っている造形だよ」
「『今はここまで』っていう感じだよね」
「ははあ、団地養成ギブスだな」
「そんなギブス嫌だな」
「左右への成長を止めているんだよ、きっと」
「へえ、成長しちゃうんだ、団地って」
「油断してるとね」
「誰が」
「やっぱ、管理人じゃない」
「いいじゃん、成長しても」
「いやいや、部屋数増えると単価下がっちゃうし」
「そんなわけない」
「需要供給曲線ってやつだよ」
「またなんだか、なけなしの知識総動員って感じだな」
「『神の見えざる手』って知らない?」
「知ってるけども」
「『小田急線で見えざる手』とか」
「なんだそれ」
「『満員電車でブラインドタッチ』」
「不謹慎だし関係ないしブラインドタッチの意味違うし」

「一連の東砂アパートシリーズの一つですが」
「これもシンプルにまとめ上げているね」
「いかにも都営の通路側って感じだな」
「まあ、ともあれ通路側が撮れるのは嬉しいね」
「平井一丁目アパートなんかと同じデザインだね」
「惜しむらくは、オデキとかがない」
「意外性の無いデザインなんだよね、都営って」
「まあ、団地に意外性なんていらないけどね」
「無駄に機能的というか」
「意味不明な日本語だな」
「団地マニアをニヤリとさせる工夫があってもいいのに」
「いいのに、ってことはないよね。一般的には」
「あるいは自由に工夫を凝らせる余地を残すとか」
「全然そんな必要ないし」
「いかんなあ、時代はオープンソースだよ」
「また、聞きかじりでてきとうなキーワードを」
「いやいや、つね日頃の団地鑑賞に通じるものがあるよ」
「いったいどこをどうやったら通じるのでしょうか」
「窓側を撮るのは邪道、つまりアンチ・ウィンドウズ」
「その、してやったり、みたいな顔はどうにかならんか」

「典型的都営タイプだね」
「ああ、ハニワ型だね」
「ちゃんと下方向にテーパーが」
「ほんとだ」
「そしてこれで見逃せないのが」
「1階から4階までの褐色の色だね」
「なんで下だけ色つけちゃったんだろう」
「いやあ、あれは設計者の意図ではないよ」
「ならなんだ」
「手前の川の水面が昔はあそこまであったという名残さ」
「そんなばかな」
「だんだん水面が下がっていって今のような姿に」
「当時4階までの人はどうやって暮らしてたんだ」
「それはぼくの口からは言えない苦労話が」
「単に君が話を用意していなかっただけでしょ」
「いやいや、これは地球温暖化に警鐘を鳴らす団地だよ」
「は?どういう関係が」
「だから、温暖化で水面が下がってだな」
「逆だよ。水面はあがるんだよ。語るに落ちたね」
「いや、その普通と違うところが正に問題であって」
「妄想話にもほどがある」

「こ れはでかい」
「いやはや、たいへんな大きさですなあ」
「だけどデザインは典型的な都営ハニワタイプ」
「それが不思議としっくりとなじんでいる」
「あらためてハニワデザインの応用性を痛感だね」
「小振りなものにも似合うのは知っていたけど」
「ここまで大きいものにも無理なく適用できる」
「いわゆるユニバーサルデザイン、ってやつだな」
「また聞きかじりの知識だね。全然違うよ」
「そんなことないもん。ぼくちゃんと知ってるもん」
「そんな上目遣いで指くわえながら言われても」
「誰でも公平に利用できるとかそういうことでしょ」
「お、なんとなくそれっぽいね」
「でも公平性に関して言えば団地はみんな公平だよね」
「どういうことかよく分からん」
「どんな人でも団地巡りは可能だということだよ」
「可能だけど誰もしたがらないけどね」
「そんなバカな。一度じっくり団地に入ってみるべきだよ」
「建物に入っちゃダメだよ。本来は」
「いかんなあ、そんなのユニバーサルじゃないよ」
「やっぱりユニバーサルの意味を分かってないようだな」
「公共施設なんだからさ、全ての人に開かれていないと」
「いや、公共施設じゃないし」

「今 回は調布までやってきました」
「東京西部の団地は今まで手薄だったよね」
「これからは西へ西へと攻めていかないと」
「黄金を求めてフロンティアが西進したようにね」
「そんなかっこいいもんじゃないよ」
「首都圏では俗に『西高東低』と言われるけど」
「確かにかっこいい団地があるよ、西部には」
「この、くすのきアパートもなかなかのものだよ」
「なかでもこの4号棟は上品な感じだね」
「都営界のセレブと言っても過言ではないね」
「過言だよ。またぞろ聞きかじりの流行言葉だし」
「セレブが育たないと言われて久しい日本に、やっと」
「そんな言葉聞いたことがない」
「だって、今セレブって言われてるの藤原紀香とかだよ」
「いいじゃん、べつに。セレブなんじゃないの、彼女」
「へっ、セレブが聞いてあきれるね」
「きみはなんだ。セレブ評論家か」
「この4号棟が長く待ち望まれた日本初の真のセレブさ」
「これがか。しょぼいなあ、セレブ界」
「来年あたり日本アカデミー賞獲得だね」
「うわ、しょぼい」

「こ れもなかなか良いね」
「テクスチャ、色、共に都営の典型だね」
「L字型プランのため、側面が一部見えちゃってる」
「そこがちょっとね」
「いや、こういうのも良いんじゃないの?たまには」
「いやいや、これは本来見えてはいけないものだよ」
「『本来』の意味が分からない」
「住民の皆さんも見て見ぬ振りをしているとか」
「そんなにタブーなのか、側面は」
「言うなれば、これは団地の『上パンチラ』だよ」
「またわけ分かんないことを」
「困るんだよねーあれ。目のやり場に困る」
「見なきゃいいじゃん」
「いやいや、そういうわけには」
「なんでだ」
「さりげなく注意してあげる作法を確立したいよね」
「『見えてますよ』でいいじゃん」
「だめだよ!あくまでさりげなく教えなきゃ」
「じゃあ、なんていう風に教えるのさ」
「『ニイタカヤマノボレ』とか、さ」
「分かりづらー」
「『この橋渡るべからず』とか」
「なんでそんなトンチみたいな教え方を」
「じゃあ、屏風から虎を出してくださいよ!」
「わけ分からないキレ方はやめてください」